うちのマンションのゴミ捨て場は、正直かなり治安が良い方だった。
分別も守られているし、時間外に出されるゴミもほとんどない。
「このマンション、民度高いな」そう思っていた。
最初は、正直“目をつぶれるレベル”だった
最初に気づいた違和感は小さかった。
プラごみの日に、燃えるゴミが混じっている
ダメだけど……まあ、たまになら?もちろんルール違反。
でも、正直この時点では「そこまで目くじら立てるほどでもないかな」と思っていた。
この**“まあいいか”**が、すべての始まりだった。
違反は、必ずエスカレートする
しばらくすると、状況は明らかに変わった。
ビン・カンの日に、大量の燃えるゴミ
プラごみの日に、大量のビン・カン
しかも一袋や二袋じゃないもう「うっかり」や「勘違い」のレベルじゃない。
管理会社でも自治会でもないただの住人の自分ですら、不愉快になるレベルだった。
そして、起きた“当然の結果”
ある日、ゴミ捨て場にダイヤル錠が設置された。
「あぁ、ついにここまで来たか…」
ルールを守らない一部の人のせいで、ルールを守っていた全員が不便になる。
一番困るのは、ちゃんと守っている人間
ゴミ捨ては、だいたい出勤前。朝は時間がない
ただでさえバタバタ
そこにダイヤル錠の操作が増えるほんの数十秒。
でも、毎朝となると地味に効く。マナー違反をしていた人は、多分この不便さも気にしていない。
損をするのは、今までちゃんと守ってきた人だけ。
納得できない。でも、現実はこうだ
正直、納得感はない。
「悪いことをした人だけが困ればいいのに」
そう思う。
でも現実は、社会秩序は“全体規制”でしか守れない。
性善説は、少数の悪意で壊れる
一度壊れた秩序は、元に戻らない
対策は、必ず不自由になる
これはゴミ捨て場に限らない。
この話が示していること
この出来事で、改めて思った。
小さな違反を見逃すと、必ず大きくなる
「まあいいか」は、全体コストを押し上げる
一部の非常識は、全体の自由を奪う
そして結局、真面目な人ほど損をする仕組みができあがる。
それでも、できることは一つだけ
悔しいけど、できることは一つ。
自分は守る
自分はやらない
自分は同じ側に堕ちない
理不尽だけど、それでも社会は、そうやって回っている。今日はただ、その現実を噛みしめた。


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